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恋物語の購入とは? ──悲惨な調査の始まり──

last update Last Updated: 2025-12-23 12:00:21

「犯人捕まったね。

でもまさかの犯人でしたよね」

昼休憩の時間、

木目を基調としたデザインの食堂で麦茶を飲んでいると、

宮田さんが私に声をかけて来た。

赤ん坊の死骸を見てから一週間経つ。

未だにまともに食事が喉を通らない。

最近ようやく昼はうどんを何とか啜れるようになった。

宮田さんは私よりも頭一つ分くらい背丈は低いが、

肩幅のある骨格に丸顔の柔和な輪郭を持ち、

強さと優しさを感じる。

どちらも優秀な看護師に必要な要素だ。

実際に彼女は外見だけでなく仕事にも表れている。

私自身も仕事にプライドを持っているが宮田さんは一番尊敬する先輩だ。

「ですね。

私も全然予想していなかったです」

昨日の夜、

警察から山本さんの旦那が自首したと知らされた。

「動機も全く理解できないのよね。

それが余計に気持ち悪いんですよ」

宮田さんは鯖の味噌煮の骨を箸で取りながら顔をしかめていた。

彼女の意見に完全に同意だ。

警察から伝えられた犯人の発言を思い出す。

──山本との恋愛物語を購入しただけで、

子供なんて作るつもりはなかった。

犯人の自首によって捜査が続いているのかは不明だが、

動機についてこれ以上詳しく教えてはくれなかった。

恋愛物語の購入とはどういう意味か全く理解できない。

誰から購入し、

どういった商品なのか。

恋愛物語を買ってなぜ私の自宅前に死体を置かれたのか。

何もかもが謎のままだ。

「何で私の自宅の住所を山本さんの旦那は知っていたのですかね」

渋面を作っている様から宮田さんも同じく分からないようだ。

「本間さん、

今は色々大変かもしれないけど頑張るしかないんですよね。

亡くなった子のためにも看護師として頑張るって気合入れよ」

宮田さんの言葉に感謝して食堂を出た。

二か月ほど前まで山本さんが入院していた部屋に向かう。

白く掃除の行き届いた廊下を歩き、

薄いピンク色で塗装された引き戸を開けた。

今は誰も使っておらずもぬけの殻だ。

空のベッドが静かに自重しているように見える。

恋物語の購入……。

山本さんの入院時の様子を思い返す。

──私みたいな下らない人間から生まれて来る人間も、

下らないに決まっている。

入院中、

山本さんがベッドに潜りながら吐いた言葉だ。

初めての出産で戸惑っているのだろうと私も宮田さんも判断していたが結果は悪い方に転がった。

山本さんは強いボンディング障害の特徴を見せた。

ボンディング障害とは親が我が子に対して陽性感情を抱くことなく、

児童虐待の素地になりうる症状だ。

分娩後、

彼女は自分の赤ん坊を抱かず見もせず、

ずっと虚空を見つめていた。

出産後は母子同室で過ごしてもらっており、

山本さんも例外ではなかった。

離すと赤ん坊を受け入れる機会も奪う結末になると判断した。

だが、

私たちの予想を裏切り、

山本さんは常軌を逸した言動を見せた。

産後の健康チェックのために山本さんのいる部屋に入った途端、呪詛の言葉が聞こえた。

──ごみクズ、死ね、生まれ損。

赤ん坊の顔にゆっくり悪感情を垂らして染み込ませるように囁いていた。

急いで宮田さんにも報告して何とかやめるように説得した。

依然精神も不安定になっていると判断し、

仕方なしに赤ん坊は別室に連れた。

旦那さんにも連絡はしたが、

特に何かした記憶はない。

その後、

山本さんの精神状態も比較的安定に近付いたので、

子供を同部屋に戻した。

ボンディング障害は母子分断が最も良くない。

数人の看護師がローテーションで見守る体制も整えた。

一通り大変だった日々を思い出してから、エントランスの方に向かった。

待機用の長椅子が幾つか並び、

自動ドアの前に観葉植物の鉢が三つ並んでいる。

退院日、

観葉植物の緑をバックにして立つ山本さんの姿を思い返す。

おくるみに包まれた赤ん坊を山本さんに渡すと、

おくるみの端っこを両手で掴んで赤ん坊を手提げ鞄のように持った。

何とか抱っこするように言い聞かせてこの日は帰宅してもらった。

帰宅時に旦那さんは迎えにも来なかった。

山本さん夫婦の様子を不安視し、

翌日からは保健所の人が自宅に訪問するように手配もした。

私としては当時万全を尽くしたつもりだった。

だが、

結果は最悪に落ち着いた。

今思い返すと旦那さんにも子供を望む様子は見られなかった。

だが、

改めて考えても恋物語の購入という言葉を連想させる行動は思い当たらなかった。

「大丈夫ですか」

エントランスの自動ドアの前でぼんやりしていると、

背後から宮田さんが声をかけてくれた。

「山本さんが入院していた時、

もっと自分に何かできることがあったんじゃないかって思っちゃって」

思わず弱気な声を発する私を宮田さんはまっすぐ真剣な眼差しで見つめながら、

優しく背中を擦ってくれる。

彼女の目は澄んだ色の視線を放ち、

私と同じ悔しさを密かに抱いているように見えた。

「私たちも独自に山本さんの旦那が言っていた『恋物語の購入』について調べてみませんか」

二度と今回のような悲惨な事件を引き起こしたくない。

自宅に赤ん坊の死骸を置かれるなどあり得ない話だ。

このまま何もせずにじっとしているなど私らしくない。

発生した問題は私自身の手で処理したい。

宮田さんは提案に同意を示してくれた。

今日の仕事終わりから一緒に行動開始しようと約束した。

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  • 艶撫亮~embryo~   第二章 藤沢亮の登場。今は呑気にしているも……。

       ♠ 亮帰宅すると部屋の中は真っ暗で唯織は帰っていなかった。確か今日は朝からいなかったので昼勤のはずだ。既に二十一時半、まだ帰って来ていないのは珍しかった。大体二十一時までには帰っており、居間で筋トレをする習慣がある。彼女は同じ高校の同級生だ。学生の頃にシュートボクシングの選手として日々汗を流しており、高校を卒業してから七年間恐らく筋トレは欠かしていないほどストイックだ。高一の時の夏に協会が主催する試合で負けてから、負けず嫌いに拍車がかかったと言っていた。俺は特に体に気を使っていないので、夕食用に買っておいた一食五百円の焼きそばを作る。パソコンを起動させて途中になっていた曲作りの打ち込みを再開する。明日は横浜駅前の広場で歌手藤沢亮として路上ライブを行う。俺は売れていないアーティストだ。このまま売れないで死ぬわけにはいかないと常に焦りを抱いている。時間があれば音楽のことを考え、毎日曲作りをするように意識している。焼きそばを箸で突きながら必死にキーボードを叩いていると、背後から施錠を解く音が聞こえた。ようやく唯織が帰宅したようだ。おかえりと挨拶しても、うんと一言淡泊な言葉が虚しく響くだけだ。唯織が冷たいのはいつものことなので特に不満を抱きはしない。だが、悲しみがゼロだと言えば嘘になる。売れていない歌手である俺を一人前の人間だと認めていないに違いない。唯織は毎日看護師としてプライドを持って仕事に向かっている。売れずに何も価値を生み出せない俺に負の感情を抱いてもおかしいとは思わない。悲しい現実ではあるが、結果を出していない俺が悪いので文句を言う筋合いなどない。現状を変えるためには歌手として売れるしかないので、毎日必死で曲を作って路上ライブを敢行し実践を積むしかない。「亮さ。『生きとし生けるもの合同会社』って聞いたことないかな」振り返ると唯織は椅子に座って腕を組んでこちらを見ていた。顎が細くて唇は薄く奥二重の目が冷酷そうに見えるが、仕事に対して誰よりも情熱がある人だ。「聞いたことのない会社名だよ。それがどうかしたの」「この前さ、うちに赤ん坊の死体置かれたじゃん」一週間ほど前、うちに赤ん坊の死体を放棄される事件が起きた。その夜スタジオに籠っていたので直接目にはしていないが唯織から

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